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もりもりジャーナル

日本共産党道政・政策委員長の 森つねと です。 私は「しんぶん赤旗」の記者として全道を駆け回り、懸命に生きる道民のみなさんの声を聞いてきました。 その頑張りを踏みにじる政治に、悔しさと怒りが込み上げます。 私、森つねとは、あなたの願いをまっすぐ道政に届けるために全力を尽くします。戦争する国づくりを許さない!泊原発を再稼働するな!

   
カテゴリー「伝えたい声」の記事一覧

思いを背負った「初質問」

昨年の参議院選挙で私は北海道選挙区の候補として、岩渕友さんは比例代表(北海道・東北地域)の候補としてたたかいました。

「そろって国会へ」と道内で訴え、私は落選。岩渕さんは国会へ。責任感だけでお礼回りをし、街頭に出続けた投票日後の1週間は、生きている心地はしませんでした。

そんなとき、岩渕さんからフェイスブックのメッセージが。一文、一文、私を気遣いながら綴られたメッセージで、こう呼びかけてくれました。

「これからも、一緒にたたかいましょう」

私はこの言葉に勇気をもらうとともに、岩渕さんの揺るがない信念を感じました。多くの人が評するように、一言で言って、岩渕さんは「強い人」なのです。

その岩渕さんがおととい、初めて本会議に立ちました。



声を聞いて、おや?いつもと違うと感じました。力強くはあるけれど、声のトーンがいつもと違う。単に緊張しているのでもない。泣き出してしまうのでは、と思うほど振り絞った声なのです。

福島出身の岩渕友議員。震災直後、被災者の声を聞いて回るなかで原発事故を知らされました。「原発事故さえなければ・・」という被災者の悔しさをずっと受け止めるなかで国会議員となり、初めての本会議です。出会ってきた一人ひとりの被災者の思いが頭をめぐったのでないか、と思いました。

しかし、後半になり、それを払拭するかのように、より強い声に変わります。それは、この場所に立っている意味、役割を自分に問いかけるようでもありました。裏付けるように、質問の後、「少しは責任を果たすことができたとホットします」と述べています。

涙が止まらなくなりました。この人を国会へ送り出すことができて心底よかったとの思い。そして、苦しむ国民がいる限り、どんな状況でもたたかわなければと奮い立つ涙でした。今村復興相の原稿棒読みの答弁を聞いて、ますますその思いが強まりました。

これからも「一緒にたたかう」決意です。

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「原発ゼロ」の政府を

2011年夏、福島から札幌に来たある家族を「しんぶん赤旗」記者として取材しました。原発事故による自主避難者です。

地元の人間関係や仕事も失う苦渋の決断でした。わずかな家財道具しか持ち出すことができず、扇風機さえない生活。すべては放射能から子どもを守るためでした。


(復興相の発言に対し怒りと悲しみに包まれた道庁前反原発抗議行動=4月7日)

「国や県は自主避難している人たちの行動の正当性を認め、保障してほしい」。私は折にふれてこの訴えを思い起こし、再稼働反対の運動に取り組んできました。



安倍政権はいま、自主避難者への住宅の無償提供を打ち切るとともに、避難指示区域の解除を行い、新たな「自主避難者」を生み出しています。こうした中で飛び出したのが、今村雅弘復興相の自主避難者の帰還は「自己責任」とする発言です。

復興相の資格がないのは明らかですが、事故収束の見通しのない福島第1原発や避難者の実態から目をそらし、原発再稼働をすすめる安倍政権そのものの問題です。



日本共産党、民進党、自由党、社民党の野党4党は先日、「原発ゼロ」を含む共通政策の具体化を協議することで合意しました。原発避難者の人権を守る「原発ゼロ」の政府の実現は、まったなしの課題です。

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ある母の願い

党員のみなさんと地域を訪ねると、日本社会の実情が見えてきます。

ある高齢の女性宅を訪問したときのこと。生活保護を受けている女性は、厳しい暮らしの現状を語ってくれました。この間、生活保護費は毎年削減。一昨年の冬には冬季加算が減額されました。

「3000円(の削減)は大きいよ。日中は暖房を使わないの」。冷えきった部屋で厚手の服を着てしのぐ女性。照明も極力使わずテレビの明るさに頼り、電子レンジの活用でガス代を浮かせています。

シングルマザーとして、仕事を掛け持ちし、二人の娘さんを育て上げました。その無理がたたり足腰が痛む日々・・。ときどき虚しさが込み上げます。

「ぜいたくしたいわけではないよ。でも、精神的に安心して暮らしたい」。生活保護バッシングで「自分が否定されている」と感じることもあるといいます。

失業や病気、家族の介護などで、誰もが貧困に陥る可能性があります。女性一人の問題ではありません。

「共産党はこうやって話を聞いてくれる。だから応援しているのよ」。この言葉を胸に刻み政治変革に挑みたい。

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家族が復活!

昨夕、インフルエンザで入院していた息子が退院しました。お気遣いいただいた皆さんに心から感謝します。

4日間の入院。途中からベッドの柵でつかまり立ちするほど順調に回復し、予定より早く退院することができました。

それでも、点滴で腕を自由に使うことができず、狭いベッドでの生活は苦痛だったと思います。不安を感じているせいか、夜何度も起きては私が背中をトントンして寝るのを繰り返していました。鼻づまりで酸素濃度が下がるため、夜中に看護師さんが息子を起こし吸引してくれるのですが、泣き叫ぶ様子が何とも痛々しく・・。

家に帰って久しぶりに母親に会うと、満面の笑みで喜びを表現。不自由だった生活を払拭するかのように家の中を自由に歩き回り、自主練中のつかまり立ちに励んでいました。



入院中、日中の多くの時間は両親に看てもらうことができたため、一部を除いて予定通り日程をこなすことができました。お礼をすると、「(息子と)一緒に過ごせて嬉しかった。ありがとう」と。こんなとき、両親のありがたさを身にしみて感じます。

今日は保育園をお休みし、明日から登園できることに。まだ体力回復の途上なので、ゆっくり休んで明日に備えてほしいと思います。妻の体調も少しずつ回復し、今日から仕事に復帰。私も少々寝不足ですが、元気です!

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「コーヒーを飲んでいきますか」

「コーヒーを飲んでいきますか」

党支部や後援会のみなさんと行動した後、声をかけてもらうことがあります。そんなとき、どうしても時間がないとき以外はありがたくいただくことにしています。ご厚意を無駄にしたくないという思いと、思いがけないお話しや悩みを聞くこともあるからです。

先日、中央区で活動したときのこと。少しだけ時間があったので、ともに行動した女性党員のお宅にお邪魔して1杯ごちそうになりました。しかもお菓子付きで嬉しい!



話題になったのは今後の暮らしについてです。「私ね、これからのことを考えるとすごく心配になるの」。

物腰は柔らかいけれど、いつもはつらつとしている高齢の女性。少し意外な言葉でした。

持ち家でローンの支払いを終えたことから、何とかやりくりできるものの、少ない年金で贅沢はできません。

さらに、今は周囲の支えがなくても自分一人で日々の暮らしを送ることができますが、いつまで続くかわからないという不安があります。将来は自宅を売り払い施設に入ることも考える一方、少ない年金でも入れる特養ホームには限りが。サービス付き高齢者むけ住宅(サ高住)などに入るのは不可能だといいます。



「なんのために一生懸命働いて、子どもを育ててきたのかしら。せめて年金でも入れる施設をもっとつくってほしいわ。森さんが国会に行ったぜひ、取り上げてほしいの」。身が引き締まる思いでした。

この女性が心細い思いをしているのには、もうひとつ理由があります。長年連れ添った旦那さんを病気で失ったことです。私も直後にそのことを知り、とてもショックでした。夫婦で支えあっている姿を見ていたからです。

実はこの日、日程が少し立て込んでいたのですが、そのことも頭にあってご自宅にお邪魔しました。コーヒーをいただいている最中も、テーブルに置かれた旦那さんの遺影が何度も目に飛び込んできました。

帰り際、仏壇の前で手を合わせました。

周囲に飾られた、たくさんの色とりどりの生花が、女性と旦那さんの関係の深さを物語っていました。ふと見ると、オーディオセットの前にLPレコードが。「クラシックを聴くのが夫の趣味だったの」。



旦那さんの供養のためにと毎日、レコードをかけて聴かせているというのです。私は少し恐縮しながら、レコードを少しだけかけてほしいとお願いすると、快く承諾してくれました。

「ジジ・・」。針がレコードに触れると、暖かく、心地よい音色が室内に響きます。でも次の瞬間、悲しみや恐怖にも似た思いも込み上げてきました。この女性が一人、この部屋でレコードをかけている姿が目に浮かんだのです。

「夫と毎日、対話しているんですよ」。若い頃、苦しいとき、自分の分まで頑張って家族を守ってくれた旦那さん。いまでもずっと感謝しているといいます。

「ちょっと古い言葉かもしれないけれど、私にとって夫は『同志』なんです。夫に対して、恥ずかしくない生き方をしたいと思っています」

凛とした表情で語る女性の目にはうっすらと涙が浮かんでいました。

誰一人として同じ人生を歩んでいる人はいません。さまざまな困難を乗り越えて歳を重ね、社会を支える一員として生きてきた人たちが、誇りを持ち続けたまま人生を終えられる社会にしたいと強く思いました。

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カウンター

プロフィール

HN:
森つねと
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1978/01/20
職業:
道政・政策委員長
自己紹介:
1978年 札幌市白石区生まれ
1990年 東川下小学校卒業
1993年 北都中学校卒業
1996年 北広島西高校卒業
2000年
北海道東海大学 国際文化学部卒業。白石区で共同学童保育所の指導員
2001年
日本共産党北海道委員会 青年・学生部
2010年 「しんぶん赤旗」記者
2012年
衆院道小選挙区3区候補者
2013年
参院道選挙区候補者
2015年
道議会白石区選挙区候補者
2016年
参院道選挙区候補者
2017年
衆院道小選挙区1区予定候補者(野党共闘のため立候補を辞退)
2019年
道議会中央区選挙区候補者
2023年
道議会中央区選挙区予定候補者

日本民主青年同盟道常任委員、原発問題全道連絡会理事を歴任。
 
家族:妻、子(7歳)

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