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もりもりジャーナル

日本共産党国政相談室長の 森つねと です。 私は「しんぶん赤旗」の記者として全道を駆け回り、懸命に生きる道民のみなさんの声を聞いてきました。 その頑張りを踏みにじる政治に、悔しさと怒りが込み上げます。 私、森つねとは、あなたの願いをまっすぐ国政に届けるために全力を尽くします。戦争する国づくりを許さない!泊原発を再稼働するな!

   
カテゴリー「伝えたい声」の記事一覧

“もうすぐ1歳”――子育て応援の政治へ

今日は保育園で息子がお誕生会に参加しました。え?保育園?と思われた方もいるかもしれません。すっかりご報告のタイミングを逃してしまったのですが、4月から息子は保育園に通っています。

息子は0歳児クラスで最小。もちろん、保育園全体でも最小です。「ちいさ~い。かわい~い」と1歳児から抱っこされる(もちろん保育士の手助けがありますが・・)こともあり、保育園では人気者だとか。本人もまんざらでもない様子で、得意の屈伸運動で短い手、足を動かして期待?に応えているそうです。

保育士さんが首から下げるお祝いの装飾をプレゼントしてくれました。そして、もうひとつのメッセージカードの裏には手形が。「こんなに大きくなったのか」と驚き、その瞬間、頭の中で時間が逆回転しました。



超低体重児として生死をさまよい、私の親指の半分ほどしかなかった息子の手。それが、3倍くらいに大きくなっていたのです。体重も4,600㌘を超えました。

そんな息子は、今月26日に1歳を迎えます。

22日が参院選の公示ですから、おそらく26日は息子に会うことはできないと思います。少し残念ですが、全道のみなさんからこれまで、本当にたくさんの激励を受けてきたので、選挙戦はその恩返しのためにもたたかい抜きます。



思えばこの1年は、息子とともに歩んできた1年でもありました。

昨年の6月初旬に立候補を表明し、その直後に緊急入院・手術で出生。3カ月以上の間、NICU(新生児集中治療室)に入っていた息子を見守り、札幌にいる間は毎日、妻と母乳を運んで病院に通い続けました。

たくさんの人たちの期待を背負っての活動を休止するわけにはいきません。病院と活動場所を行ったり来たりするなかで、「いったい何をやっているのだろう」と自分を見失ったこともあったと思います。

そんなとき、ある支持者の女性がこんなことを言ってくれました。「な~んも、無理して函館まで来なくてよかったのに~。私たちが頑張るんだから~」。この言葉に、どれほど励まされたでしょうか。それだけではありません。全道のみなさんが、会うたびに息子や妻の様子を気にかけていただき、ときには一緒に涙を流してくれたのです。「子どもは社会の宝」だと身をもって感じ、「この子らの命を守るために、自分はいま走り続けているんだ」と自分を取り戻すことができました。



退院してからも気が休まるときはありませんでした。最初のころは、腹が減って泣いているのか、具合が悪いのか判断に悩みました。寝ているときの体勢や呼吸の有無はいつも気にかけていました。

妻も働いているので、仕事に出るようになると、子どもの扱いに困りました。退院後すぐに入所を申し込みましたが、0歳児の空きはありませんでした。そこで大活躍してくれたのが私の両親でした。「困ったらいつでも声をかけてね」と日中、面倒を見てくれました。もし遠方で暮らしていたらお手上げ状態だったと思います。妻の職場の方々も困難な状況のなかで配慮してくれました。これには本当に感謝しています。

しかし、どの家庭でも家族で対応できるわけではないし、職場の理解を得られない人もいます。とりわけ、1人親世帯では深刻です。「仕事をしたい」➡「保育所に入れない」➡「仕事ができない(していない)」➡「保育所に入れない」と悪循環に陥っているケースも少なくありません。日本共産党は30万人分の認可保育所を緊急に増設することを提言していますが、これはぜひとも実現したい。



私は「イクメン」という言葉が嫌いで、男性が育児を行うのは当然だと思います。少々体がきつくても息子の入浴は私の役割だし、ミルクやおむつ替えも可能な限り行います。それでも、妻に負担をかけていると感じます。日本の夫の家事・育児の時間は先進国で最低クラス。男性の認識をあらためる必要もあるでしょう。けれども、3割以上の男性が長時間労働になっている現状で、「子どもが寝てからしか会えない」というお父さんも多い。やっぱり、ブラックな働き方にメスを入れ、世界でも異常な長時間労働を法律で規制する必要があります。

ところで、NICUの予算を増やすために奔走したのは、27年前に北海道選挙区で当選した日本共産党の高崎裕子さんでした。私の息子はNICUに入れたからこそ、命をつなぐことができました。高崎さんの活躍がなければ、もしかすると、息子はいなかったかもしれません。

政治のあり方は私たちの暮らしに直結しています。子育てをしながら、あらためて実感する毎日です。いま、国民の選択で政治を変えることができる希望ある時代に入っています。あなたの声に応え、あなたと一緒に政治を変えるために、明日も全力で駆け抜けます。

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日本の新しい歴史が、ここから始まる

候補者にとって演説は“命”です。何をメッセージとして伝えるか悩み、葛藤し、ぎりぎりのところで生み出された言葉は、予想を超えて相手の心に響き、波のように広がっていきます。自分もいつか、そんな訴えをしてみたいといつも思います。

いま、人々の心をとらえて離さない女性がいます。

池田まきさん。衆院北海道5区補選の候補として、最前線を駆け抜けています。



「幼少期から家庭内暴力を受け、おびえながら生きてきました。社会や学校は助けてくれませんでした。でも、一人ひとりが生きていく大事な権利があると信じていました」

「やがて新しい家庭ができましたが、再び試練が訪れました。法律や制度の壁に払いのけられても、憲法の精神にもとづいた生きていく道があると信じ、介護や福祉の現場で20年働いてきました」

「大事なことが決まる政治の場面ではいまだに、国民・市民が置いてきぼりになっています。そんな国でいいのでしょうか。政治の場面でも、誰一人置いてきぼりにしない社会をつくっていきたい」

不特定多数の人に自分を語るのは勇気がいることです。思い出したくないようなネガティブな過去は、とくにそうでしょう。しかし、池田まきさんは、こうした過去もさらしながら、等身大の自分をぶつけてきます。さらに、安倍政権によって立憲主義が壊されているとき、憲法との関わりで自分の存在、社会を変える展望を語る――。ここに、多くの人たちの心が揺り動かされているのだと思います。



戦争法廃止、立憲主義回復にむけた5野党(当時)合意と、衆院道5区補選で共産・民主(当時)両党が協定に調印した翌日の2月20日、私は畠山和也衆院議員と街頭から訴えました。

そこで偶然、通りかかった池田まきさん。一瞬、お互いの動きが止まりました。しかし、手を差し伸べると、池田さんは笑顔で握手に応じてくれました。ぎこちなかった野党共闘はいま、紆余曲折を経ながらも力強く歩み出しています。5区補選では、旧知の間柄のような関係を築き、それぞれの政党が全力で池田まきさんを押し上げています。もちろん、この選挙の主役は市民です。最後にもう一度、池田まきさんの演説から。



「多くの政党がつながって、市民がつながれば、絶対に負けないと思っています。私は本気です。みんなも本気だと思います」

日本の歴史上、初めて野党共闘と市民の連合が自民党と対決する国政選挙です。日本の新しい歴史が、ここから始まります。

私も、池田まきさんを心から、応援します。

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18歳選挙権を手にするみなさんへ

民主主義の前進へ大きな一歩を踏み出しました。いよいよ「18歳選挙権」がスタートします!!

選挙権の年齢を、現在の「20歳以上」から「18歳以上」とする公職選挙法改定案が昨日、参院本会議で可決・成立。来年夏の参院選から適用される見通しです。日本では1945年に女性も参政権を獲得し、選挙権の年齢も「25歳以上」から「20歳以上」に引き下げられました。それから実に70年。ようやく18歳選挙権が実現することになりました。あらたに有権者となる18、19歳の人口は、全国で約240万人(全体の2%程度)。北海道では約9万6,000人とみられます。



国民の運動で勝ち取られてきた選挙権。日本共産党は93年前の党創立のときから、「18歳以上のすべての男女にたいする普通選挙権」を求めてきました。実現までに1世紀近くかかりましたが、道理のある提案は必ず実るし、歴史の流れを止めることはできないと、あらためて感じました。

私自身も大学生のころ、日本共産党を相談相手にした民主青年同盟という団体で活動していたときに、「18歳選挙権」の実現を求める運動に取り組みました。民青同盟は18歳選挙権を実施している世界の国々を調べ、1998年に旧自治省に資料を提示。「たいへん貴重な資料」だと、その後、同省も独自に調査を行いました。

「18歳選挙権」は世界の流れです。昨年の時点で18歳までに選挙権を認めているのは、191の国と地域のうち176と、9割以上にのぼります。サミットに参加している国は、日本を除いてすべて18歳選挙権。オーストリアなど16歳、17歳から選挙権が与えられている国も9カ国あります。


(2015年6月18日付け『北海道新聞』より)

選挙権は国民固有の権利で、本来、参政権の年齢は極力、下げられるべきです。若ければ若いほど、より長くその国で生きていく可能性も高いわけですから、十分に意見が反映されるべきだと思います。とはいっても、生まれたての赤ちゃんに政治的な意思決定の能力がないのは明らかで、一定の区切りはつけなければなりません。

18歳から20歳未満の日本の若者は、アルバイトの学生を含めて労働法が適用され、納税の義務もあります。事実上の成人として、社会的な義務を負わされています。自動車の免許も取得することができ、万一、事故などを起こせば責任を負う必要があります。にもかかわらず、選挙権だけは与えられず、政治上の権利は保障されないというのは、つじつまが合いません。18歳選挙権は当然の権利です。

「18歳選挙権はうれしいけれど、自分に責任が負えるだろうか」――。こんな心配をする方もいるかもしれません。私は、何より、自分の感覚を大切にしてほしいと思います。「戦争は嫌だな」とか、「将来、安定した仕事に就けるだろうか」とか。漠然とした思いや不安、願いであっても、「ちっぽけな考えだ」と思いこまないことが大切だと思うんです。話し合える仲間の存在も、考えを深めていくうえで不可欠です。幸い、私は18歳で民主青年同盟に加盟、日本共産党に入党したことで、自分の考えに自信をもてるようになりました。一生の仲間たちも得ることができました。

みんなが「自分」を出発点に、ともに語り合い、あたらしい国づくりを考えていく――。この過程にこそ、民主主義の深まりがあるし、日本の未来が見えてくると思います。私も、みなさんといっしょに、学び、考えていきたいです。

ところで、なぜ、これまでかたくなに「18歳選挙権」を拒んでいた自民党政権が、いまになって受け入れることにしたのか。そこには、「憲法を変えたい」という彼らの思惑もあります。今回、選挙権年齢を引き下げる発端になったのは、改憲手続きを定めた「国民投票法」(2007年)。国民投票の年齢を18歳としました。

すでに自民党は、「国民のための憲法」から、「権力者のための憲法」に180度変え、基本的人権も制限する「憲法草案」を発表しています。ねらいは、「戦争する国づくり」を確固たるものにすることです。さらに、安倍首相は、来年夏の参議院選挙の後に、憲法改定の発議と国民投票を実施する考えを示しています。国民投票の前の国政選挙で、18歳選挙権での選挙を実施して、若者の投票動向を調査したい――。党利党略で、18歳選挙権を考えているとしたら、言語道断です。

いま、若者のなかにも「戦争法案」反対の大きなうなりが、全国で巻き起こっています。来年夏の参院選で、「戦争するな」「平和憲法守れ」の明確な声を示し、「戦争する国づくり」を許さない。改憲の動きを断念させる。そのためにも、いっしょに力を合わせませんか。

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私の生まれ育ったマチ、白石

道議会議員候補(白石区)の森つねと です。

選挙戦はいよいよ最終盤!今日も心を込めて訴えさせていただきます!

私は白石区で生まれ、25歳まで川下に住んでいました。子どもの頃の川下は新興住宅地としてめざましく発展していましたが、ときおり野幌原始林から気持ちのいい風が吹き、少し足を延ばせば牧歌的な風景が広がる―。そんな川下が好きでした。開校して3年目の東川下小学校に入学、放課後は友達と町内を走り回って遊びました。卒業後は北都中学校へ。高校・大学も実家から通いました。



いま、白石区は高齢化が進む一方で、若者も多く住んでいます。どの世代にも共通しているのが「暮らしが大変」の声。高齢者は年金削減や医療費の負担増、介護の心配を抱え、若者も安定した職がなく、学生時代に借りた奨学金返済だけが重くのしかかります。3年前には「姉妹孤立死事件」も起きてしまいました。

私を育んでくれた白石区のみなさんと一緒に、生きる喜びを感じあえるマチ・白石区、北海道をつくりたい。森つねとの思いです。

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自己責任

妻から一本の映画を勧められました。映画「ファルージャ」。2004年4月に発生した3人の日本人人質事件とその後を描いたドキュメンタリー映画です。

「イラクは大量破壊兵器を保有している」とねつ造し、国際法に反してイラクに侵攻したアメリカ。ヨーロッパの同盟諸国も回線に反対するなかで、いの一番に支持を表明したのが日本の小泉政権でした。私も当時、デモ行進など反対運動に参加していました。

映画は、生々しい拘束されたときの映像から始まります。武装グループの叫び声や悲鳴が入り乱れ、3人の命の火はいつ消えてもおかしくない状況だったことを物語っていました。

犯行グループの要求は自衛隊のイラクからの撤退。それに対して日本政府は早々に撤退拒否の声明を発表しました。3人の国民の命よりも、日米同盟を優先したのです。

3人は医療支援などでイラクに入っていました。イラクに対し敵意がないことが理解され、奇跡的に3人は解放。しかし、日本で彼らを待っていたのは「自己責任」というバッシングでした。

拘束されたことよりも、その後のバッシングの方がつらかったという、当事者の今井紀明さん。それほど過酷な体験だったのです。にもかかわらず、1万通はあるかもしれない批判と激励の手紙一通一通と向き合い、それに対して返事を書き続けています。

もうひとりの当事者・高藤菜穂子さん。いまもイラクへ出向き支援を続けています。

事件の後、講演会で何度かお会いしました。あきらかに疲れていて、精神状態は限界を超えていたと思います。「強い女性」というイメージがありますが、決してそうではなく、イラクの厳しい現実と、そこにある命のぬくもりが、彼女を突き動かしているのだと思います。

映画では、先天性の異常をもって生まれた新生児も映し出されました。イラクのファルージャでは、その割合が14・4%にものぼるとのこと。米軍は劣化ウラン弾を大量に使用しました。内戦状態が続き、死傷者も絶えません。一度失われた相互の信頼が回復するには、相当の時間を要するでしょう。

「自己責任」

便利な言葉です。「あなた方が勝手にイラクに行ったのだから」と、3人の人質を助ける対象ではなく、国民の敵にまで仕立てることができたのです。10万人を超えるイラクの人々、そしてやはり家族のある、たくさんのアメリカなど軍人の犠牲に目をつぶりながら・・。

それぞれのやり方で「責任」をとり続けている3人の元人質たち。しかし、日本政府が、間違った戦争に加担した「責任」をとることはありません。

あらゆる場面で巧妙に仕掛けてくる、権力による「国民分断作戦」を見抜き、歴史の歯車を前にすすめていくためにたたかい続けなければ。3人の生き方を見て思いました。

それにしても、安倍政権が強行しようとしている「集団的自衛権」の憲法「解釈」の変更。もし、イラク戦争で集団的自衛権が認められていたら、自衛隊員の運命は・・。3人の人質の運命は・・。考えると恐ろしい。



※映画「ファルージャ/イラク戦争日本人人質事件…そして」はシアターキノ(札幌市中央区狸小路6丁目)で上映中。毎日午後4時50分からの1回のみで11日まで

(4月8日付けフェイスブックより)

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プロフィール

HN:
森つねと
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1978/01/20
職業:
国政相談室長
自己紹介:
1978年 札幌市白石区生まれ
1990年 東川下小学校卒業
1993年 北都中学校卒業
1996年 北広島西高校卒業
2000年
北海道東海大学 国際文化学部卒業。白石区で共同学童保育所の指導員
2001年
日本共産党北海道委員会 青年学生部
2010年 「しんぶん赤旗」記者
2012年
衆院道小選挙区3区候補者
2013年
参院道選挙区候補者
2015年
道議選白石区選挙区候補者
2016年
参院道選挙区候補者

日本民主青年同盟道常任委員を歴任。原発問題全道連絡会理事
 
家族:妻、子(2歳)

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