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もりもりジャーナル

日本共産党道政・政策委員長の 森つねと です。 私は「しんぶん赤旗」の記者として全道を駆け回り、懸命に生きる道民のみなさんの声を聞いてきました。 その頑張りを踏みにじる政治に、悔しさと怒りが込み上げます。 私、森つねとは、あなたの願いをまっすぐ道政に届けるために全力を尽くします。戦争する国づくりを許さない!泊原発を再稼働するな!

   
カテゴリー「伝えたい声」の記事一覧

運動の力で

「ただいま!」と放課後、施設に来る子どもたちを、「お帰り」と迎える-。学童保育の指導員として働いていた頃、そんな日常を送っていました。

遊びと生活を通じて発達と成長を支える学童保育は、子どもの居場所であり、学びの場。心が開放され、ときにはマグマのように怒りや葛藤をむき出しにすることもあります。そんな子どもたちを丸ごと受け止める指導員は、命と安全の守り手であり、高い専門性が要求されます。

ところが安倍政権は、職員配置数や資格を定めた国の基準を事実上、廃止する方針を打ち出しました。



「従うべき基準」として「放課後児童支援員」の資格を持つ指導員を、原則2名以上配置することが、児童福祉法と厚生労働省令に基づき2015年度から定められています。これを、拘束力のない「参酌すべき基準」に変更するというのです。

「地方分権」の名のもと、人手不足の解決策として一部自治体から出された「提案」を口実にした規制緩和の動き。やるべきは、指導員の半数近くが年収150万円に満たない実態を改善するために、国と自治体が支援を強めることです。

働く親たちの運動で広がり制度化された学童保育。守る力も運動です。

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「国」の前に「人」として

札幌市中央区の山鼻河川敷公園に、人型のブロンズ像がたたずんでいます。視線の先にあるのは北電藻岩発電所です。

北電の前身の一つ、北海水力電気の発注で1936年に完成した同発電所。人権無視の過酷な「タコ部屋」労働によって工事は進められ、38人の死亡(一部推定を含む)が判明していますが、全容は未解明です。犠牲者の中には5人の朝鮮人も-。

しんぶん赤旗の記者時代、この発電所の史実を明らかにする「市民劇」に取り組む日本と在日朝鮮人の若者を取材しました。その一人、Kさん(当時16歳)は北海道朝鮮学校高級部の女子生徒。曾祖父は日本の植民地支配で土地を奪われ、仕事を求めてやむなく来日しました。



「おまえ、朝鮮人?韓国人?俺、北朝鮮嫌いだから」と、見ず知らずの日本人から心ない言葉を投げつけられたこともあるKさん。公演の後、「(史実を)伝えることができて良かった」と号泣する姿に、背負う重みを痛感しました。

韓国の最高裁は、アジア・大平洋戦争での4人の韓国人徴用工について、新日鉄住金に賠償を命じる判決を下しました。求めているのは、強制動員に対する慰謝料であり、尊厳の回復です。私たちが、一人の人間として被害者と向き合うならば、必ず解決の道は見えてくるはずです。

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「自己責任論」の裏で

内戦下のシリアで武装勢力に拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが10月23日に解放され、帰国しました。何よりも、命をつなぐことができたことを心から喜びたいと思います。

3年4カ月にわたる拘束は「地獄」だったと安田さんは振り返ります。幅1㍍長さ1・5㍍の部屋で24時間、身動き一つ許されない生活。殴る蹴るの暴行も受けたといいます。「人質状態で恐ろしいのが、いつ終わるのかわからない。終わらないかもしれないし、殺されるかもしれない」。

そんな極限状態にありながら、解放された瞬間は、取材道具のカメラなど「荷物をすべて奪われ頭にきた」と語る姿に、並々ならぬ使命感を感じました。



一方で、安田さんに対し「自己責任」や「反日」などの言葉が浴びせられています。

「加害者が責められないで、被害者を責めるのはおかしい」。民青班で過労自殺やいじめについて議論したとき、高校生が放った言葉です。攻撃の対象を変えることで、本質が覆い隠されます。

安田さんを責めて得をするのは誰でしょうか。いつでも戦場の実態を隠ぺいする国家権力ではないか。守られた命に対し、「無事で良かったね」と喜び合える社会をつくりましょう。

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この道の先に

カール・マルクス生誕200周年を記念した企画「マルクスナイト」が20日、市内で行われ、神戸女学院大学の石川康宏教授が講演しました。ほとばしる情熱で過去と現在をつなぎ、未来への希望を語る石川先生のお話は若者の心を捉えました。



「このままの社会で良いのか」「自分にも何かできることはないか」-。若者の模索の背景には、命すら奪われかねない過酷な実態があります。

企画のなかで30代の若者が発言しました。憧れの理容師になりたいと専門学校を卒業後、東京で働き出した男性。週1日に満たない休みで、毎日14時間を超える勤務でしたが、「仕事ができないヤツが悪い」と思い必死に働き続けました。



しかし、そんな働き方は長くは続きません。意識を失い、目が覚めたときは集中治療室に。脳が損傷していました。不安と怒りで泣き続けたという男性に「一緒にたたかおう」と寄り添ってくれたのは、民青同盟の若者たちでした。この男性はいま、「青年を結集できる力をつけたい」と労働組合でも先頭に立っています。

石川先生は「未来社会はいまの資本主義社会と地続き」だと強調します。資本主義の弊害を取り除く一つひとつのたたかいが未来社会を準備しています。

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そこに憲法はあるか

北海道胆振東部地震から1カ月が経ちました。余震が続くなか、多くの道民はいつ起こるかわからない次の大地震への備えを模索しています。

こうしたなかで3日、北海道難病連の代表理事が同センターで講演し、難病患者のための福祉避難所の設置を求めました。



オストメイト(人工肛門・膀胱保有者)用のトイレなどを完備した宿泊施設も併設する道難病センター。地震発生当時、難病患者ら12人が宿泊していました。自身も難病患者である代表理事は、発災直後から宿泊者を激励し続けました。

停電による断水や食料不足でやむなく宿泊者の避難を決断しますが、道や札幌市が示した避難先は小学校。難病患者が安心して過ごせる場所ではありませんでした。



「難病と障害を持つ仲間たちを誰一人取り残したくない」。代表理事は今、道難病センターを難病福祉避難所として公表することを札幌市に提起していますが、「人が殺到する」との理由で認めず、代替案も示されません。北海道は可とする対応ですが、当事者としての責任感を感じません。

すべての人が、どんな状況でも尊厳を持って生きられる社会へ、憲法の精神に沿った防災対策を急ぎたい。

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プロフィール

HN:
森つねと
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1978/01/20
職業:
道政・政策委員長
自己紹介:
1978年 札幌市白石区生まれ
1990年 東川下小学校卒業
1993年 北都中学校卒業
1996年 北広島西高校卒業
2000年
北海道東海大学 国際文化学部卒業。白石区で共同学童保育所の指導員
2001年
日本共産党北海道委員会 青年・学生部
2010年 「しんぶん赤旗」記者
2012年
衆院道小選挙区3区候補者
2013年
参院道選挙区候補者
2015年
道議選白石区選挙区候補者
2016年
参院道選挙区候補者
2017年
衆院道小選挙区1区予定候補者(野党共闘のため立候補を辞退)

日本民主青年同盟道常任委員、原発問題全道連絡会理事を歴任。
 
家族:妻、子(3歳)

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