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もりもりジャーナル

日本共産党道政・政策委員長の 森つねと です。 私は「しんぶん赤旗」の記者として全道を駆け回り、懸命に生きる道民のみなさんの声を聞いてきました。 その頑張りを踏みにじる政治に、悔しさと怒りが込み上げます。 私、森つねとは、あなたの願いをまっすぐ道政に届けるために全力を尽くします。戦争する国づくりを許さない!泊原発を再稼働するな!

   

大雪の道庁前で

23日の金曜日は今年最後の道庁前反原発抗議行動でした。

折しも札幌では、12月としては50年ぶりの大雪。道幅が通常の半分になり、全市的に大渋滞が発生しています。

抗議行動も中止になるかもしれないと、道反原連からの情報を注視してたところ、「決行」との一報が。スタッフのみなさんで話し合われたうえの決断です。

こんなときこそ、足を運ばなければ-。参加者も少ないのではないかと思い、時間をやりくりして駆け付けました。



しかし、予想は外れました。道庁北門前には、いつものようにプラカードを持つ人の列ができていました。どんな状況でも、再稼働反対の揺るがぬ信念を持ち、自らの意思で参加する市民の姿に胸が熱くなりました。

会場には、SLANGのKOさんも。道庁前反原発抗議行動を立ち上げた一人です。抗議行動を見守った後、雪降る街を一人立ち去るKOさんの背中がいっそう大きく感じました。

今年も泊原発の再稼働を食い止めました。来年の再稼働も厳しい情勢です。粘り強く再稼働反対の世論と運動を広げながら、原発推進の安倍政権を倒し、原発ゼロの政府を早期に実現したい。その決意を新たにしました。

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子どもが退院しました!

息子が今日、退院しました。

11日間の入院生活。RSウイルス感染症によるもので、入院後も状態が悪化、炎症が広がりましたが、ようやく退院できるまで回復しました。支えていただいた関係者のみなさん、激励してくださったみなさんに、心より感謝いたします。ありがとうございました!



24時間体制で付き添う必要があるため、互いの仕事の状況に応じて、早朝・午前・午後・夜間と夫婦で代わる代わる介護。手が回らないときは、悪路の中、祖父母にも助けに来てもらい乗り切ることができました。

誰よりも頑張ったのは息子です。



家に帰ってくると、一人で遊んでいましたが、しばらくすると私のところに寄ってきて、大泣きし始めました。何かを求める泣き方ではありません。病院での不安な思いが噴き出したのでしょう。寄り添って好きなだけ泣かせてあげると、しばらくしてぴたっと泣き止み、安心して入眠しました。

生まれたときに脆弱だった部位がダメージを受ける結果となりましたが、乗り越えたことで、丈夫な体になっていくと思います。しっかりと治していきたいと思います。



入院中、同室の親御さんたちも、疲労困憊のなかで必死に子どもと向き合う姿が印象的でした。シングルの家庭や非正規で働いている親御さんであれば、頭を抱える状況だと思います。多かれ少なかれ、子どもは必ず病気になります。子育てしやすい労働環境が不可欠です。

さっ、今日は思う存分、甘やかせてあげよう。私も少し、体を休めたいと思います。

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歴史の教訓に学び、真の追悼を

12月8日はアジア・太平洋戦争が開始された日でした。

治安維持法犠牲者国会賠償要求同盟北海道本部のみなさんとともに、札幌の中心街で宣伝しました。

75年前のこの日、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃したことは知られています。同時に、当時イギリス領のマレー半島に上陸・攻撃したことはあまり伝えられません。

日本軍は1931年の「満州事変」から始まり、中国東北部から中国全土へと侵略地域を拡大。こうした侵略戦争が行き詰まり、国際的にも包囲されるなかでハワイ攻撃に踏み切りました。



いわゆる「15年戦争」で亡くなった日本国民は310万人。アジアの人びとは2000万人以上にのぼります。75年たった今でも、悲しみが癒えることはありません。

ところで、安倍首相は、今月末にハワイを訪れ、犠牲者を「慰霊」する考えを示しました。一方で、「未来に向けてさらなる同盟強化の意義を世界に発信する機会にしたい」とも。

地球規模の軍事同盟に大きく変質させた日米新ガイドラインを具体化するために、安保法制=戦争法を強行した安倍政権。「戦争する国」づくりと犠牲者の追悼に矛盾はないのでしょうか。

アジア・太平洋戦争に突入する過程でも、世界情勢を見誤り、「バスに乗り遅れるな」と日独伊軍事同盟を締結。泥沼の戦争で多大な犠牲を生みました。歴史の教訓に学び、同じ轍を踏まないことこそ、すべての犠牲者への真の追悼になると、私は思います。

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この子とともに

立候補表明をした翌朝、妻が息子にミルクを与えていると、突然の嘔吐。体温を計ると熱も高い状況でした。当然、保育園は休まなければなりません。

「今日休める?」「う~ん、厳しいな・・」「私も・・」

大至急、互いに時間をやりくりして病院へ。嫌な予感が当たり、結果は「即入院」。RSウイルスで気管支炎になっていました。

RSウイルスは呼吸器の感染症で、2歳までにほとんどの子が感染すると言われています。まれに重症化するのですが、超低体重でさまざまな疾患を持って生まれた息子も、少なくない影響を受けてしまいました。

妻と交代で付き添い、病院で寝泊まりも。



薄暗いベッドで、ときどき苦しそうに咳き込む息子の姿を見ていると、ふと頭をよぎりました。「去年も同じだったな・・」。

昨年6月に参院選の立候補表明を行い、直後に妻が緊急手術で出産。病院と活動場所を行き来する生活が続きました。

昨年のときのように、生死をさ迷う状態ではないので、気持ちはずっと楽ですが、「この子とともに生きていくんだ」という自覚を新たにします。

退院までまだ時間を要しますが、治療の効果もあって比較的落ち着いています。

家族の介護や育児、自身の病気やケガ、過労死さえ生むような過酷な職場・・。誰もが悩みを抱えながら生きています。私も生活者の一人として、家族を支えながら、そこで感じたことを政治に反映できるように頑張りたい。

まずは、早く治りますように。元気な姿を披露できることを願っています。

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未来をかけた新たな挑戦

未来をかけた新たな挑戦です。

今日午後、道政記者クラブで記者会見を行い、衆院北海道1区(札幌市中央区・西区・南区)から立候補することを表明しました。日本共産党北海道委員会の千葉隆書記長、同4区から立候補を決意した佐々木明美さんも同席。これで、道内の12選挙区のうち、5区を除いて全選挙区での党公認候補が決まりました。



私が決意した最大の動機は、次期総選挙で、安倍政権を倒すこと。少なくとも、3分の2を超える改憲勢力を崩す。そのために、野党共闘を必ず成功させたいからです。

私は2012年に国政に挑戦して以来、一貫して、原発再稼働反対を訴えてきましたが、野党の共通公約の中に、原発問題も盛り込みたい。自民・公明の安倍政権に変わって、「これなら安心して任せられる」という政権交代のビジョンを野党として示すことが必要です。

自民党政治を終わらせる条件と可能性が高まっている今、市民のみなさんと手を取り合い、野党連合政権をつくる。その大役を果たすことができるよう、私の党員人生にかけて挑んでいきたいと思います。みなさんのご支援を、よろしくお願いします。

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カウンター

プロフィール

HN:
森つねと
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1978/01/20
職業:
道政・政策委員長
自己紹介:
1978年 札幌市白石区生まれ
1990年 東川下小学校卒業
1993年 北都中学校卒業
1996年 北広島西高校卒業
2000年
北海道東海大学 国際文化学部卒業。白石区で共同学童保育所の指導員
2001年
日本共産党北海道委員会 青年・学生部
2010年 「しんぶん赤旗」記者
2012年
衆院道小選挙区3区候補者
2013年
参院道選挙区候補者
2015年
道議会白石区選挙区候補者
2016年
参院道選挙区候補者
2017年
衆院道小選挙区1区予定候補者(野党共闘のため立候補を辞退)
2019年
道議会中央区選挙区候補者
2023年
道議会中央区選挙区予定候補者

日本民主青年同盟道常任委員、原発問題全道連絡会理事を歴任。
 
家族:妻、子(7歳)

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