少し前のことですが、息子が誕生日を迎えました。6歳になりました。
すっかりやんちゃ坊主です。いたずらをして、お母さんから「これ!何をしているの!」と叱られても涼しい顔で、「フフフ」と笑ってごまかす図太さもあります。最後は「抱っこ~」と甘えてくるのがお決まりですが(笑)
踏み切りや列車が大好きな息子。今回のプレゼントのひとつは、トーマスのプラレールです。「は~い、プレゼントだよ」と私が持ってくると、満面の笑みを浮かべて買い物袋から取り出し、大事そうに抱き抱えていました。
あまり所有の概念がない息子が、「ボクの物!」と言わんばかりに抱えて走り回っている姿に成長を感じ、感動を覚えた場面でした。
最近、家族に大きな出来事があり、今年は誕生会をするかどうか悩みましたが、「こんなときこそ、生まれてきたこと、生きていることを喜び合おう」と例年通り、家族でささやかにお祝いすることに。みんなの沈んだ気持ちが少し明るくなりました。
息子は6年前、早産で658㌘で生まれました。手術室から慌ただしく運ばれ、初めて対面した瞬間は、あまりの小ささに現実味がなく、夢の中にいるような思いでした。
でも、苦しそうな表情を浮かべながらも必死に生きようとしている姿を見て我に帰り、「絶対に生きていてほしい」と強く願うようになりました。
NICU(新生児集中治療室)で3カ月以上の間、医療スタッフのみなさんに支えられ、命をつないだ息子。「生きていることは当たり前のことではない」と、私の心に深く刻まれた出来事です。
一方、NICUには様々な子達がいて、息子のように元気になって退院できる子もいれば、だんだんと衰弱し命をつなげない子もいます。ぐったりした赤ちゃんの傍らで声を落として泣いている母親の姿は、胸を締め付けられました。
生と死は隣り合わせであり、生きていることは奇跡です。だからこそ、かけがえのない一つひとつの命が何よりも尊重され、守られなくてはなりません。
東京五輪の開催が強行されれば、間違いなく新型コロナウイルスに感染される方が増えるでしょう。そうなれば、病床がひっ迫し、助かるはずの命も失われます。命より大切な祭典などないはずです。
政治が国民の命を脅かしているのなら、そんな政治は変えるしかありません。
これまで以上に息子のいとおしい姿に目を細めつつ、身が引き締まる思いのコロナ禍での誕生日でした。
[10回]
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